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まとめ(なぜ成績は績なのか?)
①3000年前の国際通貨は宝貝だった。※アンダーソン (J. G. Andersson) 松崎寿和訳『黄土地帯』1987, 六興出版
②金文によれば、周王朝はa.財貨、b.諸侯に下賜する賞賜、c.呪術的装飾品、d.遠くは印度との交易(後のシルクロード交易)の媒介等ために、宝貝が必要だった。
③国際的に競争力のある高品質の絹織物を輸出し、東南アジアから宝貝を輸入した。※後の漢代以降、絹織物(シルク)はシルクロードを通じてユーラシア全域に伝わった。
④より多くの宝貝を得るため、周王は周辺諸国を攻め、華表を立て、蚕糸織布他を賦貢として取り立てることを、配下の軍士たちに命じた。
⑤やがて織布の賦貢を表すために、甲骨文字の時代には無かった績という漢字が新たに作られた。
⑥績の納入が規定に達することを成績といい、達しないことを不績といった。
⑦成績は軍士たちに課せられた重い責任だった。その失敗を敗績といい、敗績は全てが終わることを意味した。
⑧このDEAD OR ALIVE の評価構造と、後世の官吏登用試験(科挙制度)のAll or Nothingの評価が、その過酷さ等において余りに酷似しているため、いつしか学業や試験の評価に成績の隠語・試験関係用語がブラックジョークとして比喩的に使われるようになった。
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⑨用語が浸透し、ジョークの要素が薄れ往き、一般語になった成績は、浸透の仮定で、周の時代の成績・不績・敗績、全ての意味が、成績に統一(吸収合併)されるが、難関試験の9割以上が不合格になることを考えると、敗績の隠された存在感が内実として大きい。
⑩古代と現代の成績で決定的な相違点。古代の敗績に命の保証は無かったが、試験は不合格でも命まで取られることはない。