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法律

損保代理店試験の民法問題

本日の損保代理店試験の

損害保険の周辺知識分野において、民法分野が3問出題されていました。

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1.民法では、自らの過失により他人に損害を与えた場合、損害が発生しなかったのと同じような状態に戻さなければならない旨が規定されており、これを「損害賠償」という。

2.債務不履行において、債権者が債務者に対して損害賠償を請求する場合、債務者は、自らに責任がないことを立証しない限り、その責任を負うことになる。

3.隣家からの延焼により損害を被ったとき、失火者に過失があった場合、失火者が損害賠償責任を負うため、被災者は、失火者からの損害賠償を得ることができる。

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1.正しい。

民法第709条は、

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。と規定している。

 

2.正しい。

設問が「不法行為」なら答えが違ってきます。直近では、池袋暴走事件が記憶に新しいところです。

設問では「債務不履行」なので、債務者は、自らに責任がないことを立証しない限り、その責任を負うことになります。

 

3.間違い。

一般法の民法ではなく、特別法による修正が入ります。
責任の軽減
失火ノ責任ニ関スル法律(失火責任法)は「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」と規定する。
この規定により、失火の場合は故意または重過失がない限り不法行為責任は負いません。問いのように単なる「過失」では免責になります。木造家屋の多い日本では、失火による不法行為責任が過大になりやすいことが立法趣旨となっています。
 
ただし、借家の大家さんには通用しません。
原状回復義務により損害賠償が発生します。
火災保険必須です。

法律小話 その2.日本語の「憲法」という語が現在の憲法を意味する語として、はじめて公的に用いられるまでの経緯

憲法は何故憲法と書くのか?

Constitution(憲法)について、元来、日本にはこれに相当する概念がなかったという。そりゃそーだ。

①穂積陳重の『法窓夜話』によれば、明治6年に、箕作麟祥がフランス語の「Constitution」に「憲法」という訳語を当てたのが始まりという。
②支那林則徐の『海國圖志』(道光二十三年版天保十三年)に「世守成規」とあり、
③福澤諭吉は『西洋事情』(慶應二年版)に「律例」と訳し、
④加藤弘之は『立憲政体略』において「国憲」という語を用い、
⑤津田真道は『泰西國法論』で「根本律法」という語をあてた。
⑥明治7年には地方の政治に関して「議院憲法」という名称の『詔勅』が出ている。

このような様々の訳語が「憲法」として落ち着くのは、明治15年に伊藤博文に「憲法取調」の勅命が下された時であるとされている。
この時に「憲法」の語が、いわば「公定語」になったとされている。
※余談ながら伊藤博文の「憲法取調」の勅命からの→滞欧憲法調査エピソードも面白く、また興味深い。http://www.desk.c.u-tokyo.ac.jp/download/es_9_Takii.pdf

石井研堂は『增補改訂明治事物起源』の中で日本において Constitution の
受容と翻訳に苦労がされていたことがうかがえる。まったく明治の日本人には頭が下がる。
この中でも「國憲」や「根本律法」などは、国家の基本法であ
り最高法規であるとの意味を読み取ることができ、現在
の「憲法」を説明する姿勢が感じられる。

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憲法の「憲」の字解について。正字では主のような部は丯(カイ)と書く。『契約の契も正字では主のような部は丯(カイ)』

憲の上部は(害と同じく)大きな把手のある入れ墨用の針の形。
これで目の上に入れ墨をする字が憲、すなわち刑罰の意であるから、のちに『厳しき法』の義となった。もちろん近世において法と刑罰は別物で、そこに違和感を感じなくもないが、古代を近現代の価値観ではかるのは控えたい。

心(したごころ)は後世に書き加えられた。厳しき法は心的抑制の義になったからであろう。憲は人間の自分勝手な言行心慮をおさえ止めるきまり事となった。

最初期の用例は春秋時代(紀元前770年 - 紀元前476年)の左丘明が編纂したといわれる國語の晉語九:「古之聖王發憲出令、設以爲賞罰」の一文である。→訓読:古の聖王憲を発して令を出だし、設けて以て賞罰を為す。→翻訳:昔の聖王は法令を発布して賞罰を設けた――『墨子』非命

憲.jpg

 類義と整理

 法は、外からはめた枠。
 則は、そばについて離れてはいけないきまり。
 範は、外からはめた外わく。〔同語反復?「法」との違いは?〕
 規は、きまった規準。
 憲は、心の行動を抑える枠。〔「押さえる」ではなく「抑える」だ。〕

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穂積陳重の『続法窓夜話』をとりあげてみる。
穂積は大正五(1916)年に、『法窓夜話』を出版した。
『続法窓夜話』において穂積は、「憲法」は治者の号令
であり、「憲」も「法」も同意語であり、「法律」という
意味の名詞であると説明する。そこでは、さらに続けて、
「憲」の形容詞としての用例も掲げ「『憲法』なる語を『明
法』または『厳法』と同意義に用い、憲をもって法に対
する形容詞として『著しく』または『明かなる』意に用
いた例」があるとする。

『日本書紀』推古天皇十二年の
条に記載されている皇太子が憲法十七条を作るというの
も、「『憲法』なる語は『厳しき法』『明からなる法』『顕
しき法』という義であって、『憲』は『法』に対して形容
詞として用いられたものでなければならぬ」と叙述し
ている。

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Constitutionと日本語「憲法」
―明治期啓蒙思想家の西欧文化受容―

法律概念を翻訳する難しさ
https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/10474/ronso1240400310.pdf

 

法律小話 その1.Constitution(憲法)について。

自動車における法務は一般企業並みに複雑多様化しています。
このような状況においては、従来の慣習や「かん」だけに頼るのではなく、関連する法律に配慮しつつ、業務を行っていく必要があります。
というわけで、たま~に法に関する小話をアップしていきます。

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constitutionコンスティテューションという言葉はいかなる過程を経て近代憲法を意味するようになったのだろうか?
ふと疑問に思ったのでまとめてみた。

Constitutionはラテン語の constitutio に由来する。
②パッと思い浮かぶのは、カラカラ帝の「今日から全員ローマ市民」のアントニヌス勅令~Constitutio Antoniniana~
※アントニヌス勅令でローマ人は誇りを失ってしまう訳だが…以上余談。
◇con-(共に)L.stare(立つ) = 共に立つがその語源。 https://eigogen.com/word/constitution/
⑤con-(共に)といえばカエサルも「コンミリーテス(戦友諸君)」と呼び掛けていたあの「con-コン」でしょうね。
⑥ローマ皇帝の支持基盤はローマ市民。「勅令」と訳されているが「皇帝と市民は(パトローネスとクリエンテス)の関係」ってのが、Constitution底流を成しているのかも。

カラカラ帝.jpg

 

次行ってみよう。それでは何故Constitutionが近代憲法を意味するに至ったのか?
①constitution概念は、1688年ジェームスⅡ世の退位との関係で初めて見られる。
②国王はtosubvert the constitution of the kingdomについて罪を義務づけられている。
名誉革命以来、単数形でのBritish constitutionがしっかりした用語法に属することになる。
④この表現は、国家組織の基本的規則に関わるもので、これへの違反には、国民は抵抗権を持つ。
⑤まもなくアメリカの植民者がこれを用いることになる。
⑥→近代立憲主義の実施の舞台は、北アメリカへ移る。まるで遺伝子のように乗り移っていくのが形成期のConstitution!
⑦イギリスで名誉革命後形成されていた用語法にしたがって、北アメリカのColonial Formsof Government或はColonial Chartersはすでに18世紀半ば頃まれならずconstitutionと称されている。
⑧イギリスと異なり、ここではこの表現は、明らかに成文の、法典に総括された法規範に関わるものであり、それは自国の国家権力の諸権限・限界をこれに対して拘束的に確立するものである。
⑨そして、この観念は1764年後、母国との争いの後イギリス憲法に対して転用された。

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「憲法」概念と憲法学(その二)
─ドイツ憲法(学)史を背景とする「日本憲法学」
https://hirosaki.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=519&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1&page_id=13&block_id=21